全国大会応援旅行 総集編
簡単におさらいしますと、同じクラスの友達がケンドーで全国大会行って、それを応援しに山形は酒田まで行ってきた・・・ってわけです。
朝は地獄の4時起き
大和から相鉄で横浜まで。
ここで松江から夜行列車で帰ってきた父と合流。
いいなぁ、夜行。
父からカメラの電池パックを受け取り、一路上野へ。
ここから新幹線で行ってしまえば早い話なのですが、やりたいことがイッパイ!
てなわけで上野8時ちょうど発の「EL&SL奥利根号」で群馬県水上までコイツは上野から群馬の高崎までの牽引を電気機関車(以下EL)が、高崎から終点水上までは、いまや珍しきSLが牽引するというテツにはたまらない列車なのです・・・!
車内はいたって普通でした。
でも昔ながらの客車列車の雰囲気が漂ってイイ感じ♪
話を飛ばしまして、高崎でのお話。
高崎では、ELからSLへバトンタッチするとだけあって、大勢のテツが先頭へ。
もちろん自分もその一員。
しかしその人気振りといったらテツだけに及ばず。
大勢の家族連れも先頭へ。
上野からはこのEL(EF60 19)にお世話になってたのです。。
程なくしてSLがやってきました。
おなじみのデゴイチ(D51 498)ですね。
デゴイチが近づくにつれ、多くの人々がカメラを構えますそして連結完了!いざ水上!
奥利根とだけあって、渋沢からの車窓からの眺めは最高!
利根川に沿って走るので、流域の変化が楽しめて自然派の人にもオススメ。
そして高崎出発から2時間弱、上野からはざっと4時間。
終点の水上へ到着です。
ここではSLの方向転換が行われるので、またテツが走っていきます(笑)
ここで何枚か撮っちゃいました。
約1時間の乗り換え時間ののち、長岡行き115系3両編成の普通列車に乗り、越後湯沢へ。
普通列車に揺られること約40分、越後湯沢に到着しました!
この時点ですでに2時を過ぎていました・・・というわけで遅い昼ゴハンでも。
この越後湯沢に来たのは他でもなく昼ゴハンのためでした・・・。
こういった時間の無駄使い的な経路もまた、独り旅ならではの醍醐味です。
駅の売店へ行くと・・・ありました。
かにずしです。
コシヒカリ100%の酢飯の上にゼータクにもカニのほぐし身がちりばめられているという、なんとも豪華な駅弁デス・・・。 ¥1000円もしたんだぞ・・・!
昼を済まし、ここからゆっくりと撮影でも・・・と思っていた矢先!
バッグに穴が開いていたことに気づいてしまいました!
このまま山形へ行くわけにもいかず・・・時刻表とにらめっこし、やむなく新幹線を使って大和へいったん戻ることに(!)しました。
越後湯沢~熊谷間を新幹線「MAXとき」に、熊谷から横浜までは湘南新宿ラインにお世話になることにし、越後湯沢~熊谷の新幹線自由席券の料金(約¥2000)と運賃を泣く泣く払い、
一路熊谷へ。
このマヌケ面の新幹線(E4)の2階席にお世話になりました。
越後湯沢~熊谷間は約1時間の道のり。
ここからは在来線です。
っとここで全国大会出場の友達へ開会式の状況をメールで聞いてみることに。
どんな感じだったのだろうとメールの返信を心待ちにしていて返ってきたメールを見ると、「個人戦はもう終わった」とのこと!
これには心底落ち込みました・・・
落ち込みつつもやってきた湘南新宿ライン逗子行きへ乗り込む鉄之介。
仕方なく翌日の団体戦に期待しつつ、わずかながらの帰宅。
3時間後に心機一転、(バッグも)再び旅に出ました。
新宿駅へ向かいます。
今夜の宿は列車です。
「ムーンライトえちご」なる快速列車を待ちます。
程なくして、今夜の宿が到着。
懐かしい感じの車両です(485系)
これに乗っていれば翌日はもう新潟です。
まだ日も差していない午前4時51分に新潟の地を踏みました。
そして3分少々の乗り換え時間ののち、酒田へ向けて出発。
列車は白新線E127系4両の快速 村上行きです。
車内は普通の座席・・・いわゆるロングシートだったので、いまだに覚めない眠気に負け、つり革につかまりながらの居眠りという荒技(笑)を披露しました(爆)
約30分後、新発田(しばた)で羽越本線と合流。
ここからはのどかなローカル線の雰囲気です。
さすがは米どころ・・・一面に広がる水田、車内からの撮影です。
新発田出発から程なくして、乗換駅の森三中村上へ到着。
ここからは4両編成のキハ40というディーゼルカーで酒田へ。
この村上からは羽越本線もさらに田舎びた風景になります。
列車の本数が少ないからか、はたまた沿線の人口が少ないからなのか、ほとんどの駅は駅員のいない無人駅です。
駅舎(待合室)に特徴があるのは、無人駅ならではデス。
この今川駅とか・・・。
海岸線に沿って走るのがこの羽越本線の特徴。
なので日本海拝みまくり(笑)
佐渡島も見えました。
朝が早かったのと、対面式のボックスシートであったのが幸いして、1時間半の睡眠時間をゲット!
列車で寝るのはサイコーです(笑)
鶴岡あたりでやけに車内が混みはじめたのを感じてめざめました・・・が!目覚めてびっくり!車内はその日に行われる団体戦の選手たちが大勢!!しかもこっち見てなんか言ってるし・・・(泣)
こりゃもう・・・アレですわ、なんちゅーか・・・顔覚えられちゃったってヤツですよ。
会場着いたらなんか後ろ指差されてるような感じでしたが・・・これがあったからなんですね!タブン
そんなチョット気まずい雰囲気の中、なんとか!!なんとか!なんとか・・・酒田へ到着・・・無事に。
新潟からはおよそ4時間の道のりでした。
ここからバスで会場へ向かうわけですが、ま た も !アクシデントが発生・・・
なんと会場方面とはまったく反対の方角へ行くバスに乗ってしまったのです・・・(泣)
しかもそれに気づいたのは終点についてからで・・・。
泣く泣く酒田駅前までのバス運賃を払い、再び酒田に。
待つこと30分、会場方面へのバスが来ました。
会場方面とはいえ、出羽大橋前なるバス停で降りてから、出羽大橋(距離にして1キロは軽く歩かなくちゃいけない)を歩くわけで、全く会場方面とはいえませんが・・・。
そして40分後、やっと会場に到着・・・疲れた。
会場へ入って、友達に応援席の場所を確認し、終業式以来の再開を果たしました!
まぁそれからというもの、ケータイ奪われたり、タメ口でキッツ~ィ冗談(?)浴びせられたりと後輩たちにいいように遊ばれましたけどねっ!まぁこんなん慣れてるからいいのさ
<
肝心の団体戦ですが・・・>遊ばれてて見れませんでした
選手の皆さんごめんなさい!!
話を飛ばしまして二日目。
聞く話によると、うちの学校は決勝リーグへ進出したそうで。
最終日も見ていきました。
残念ながら決勝進出は逃してしまいましたが、最後の最後で全国大会進出・・・感動しました!(笑)
せっかくなので決勝戦まで見ていきました。
どこもいい剣道してました。
自分には絶対にマネできませんよ、マヂで(笑)
そして最終日。
前日に頑張ってくれた選手たちとも顔を合わせた後、会場を後にしました。
タクシーで酒田駅へ。
酒田駅では約5時間の列車待ち。
5時間の間にも、撮影したり、「JR全線踏破」の記録を更新したりと大忙し( ^^)
手前:キハ110陸羽東線
奥:485-700系カヌ車
*カヌ=485系の所属、上沼垂(かみぬったり)の略称(ギョーカイ用語)
手前:485系カヌT11編成
奥:485-700系カヌ車
EF81 502富山機関区
そして、余った時間をさらに有効活用、羽越線の秋田側、吹浦駅(ふくら)まで足を伸ばしてみました。行ったはいいのですが、吹浦折り返しの酒田行きの出発時間までたったの5分しかなかったので、↑を撮影しただけで終わり。
酒田へ戻るとそろそろ快速の出発時間。
程なくして、その快速列車が入線。
先ほどの485-700系です。
その名も「きらきらうえつ号」!
車内の写真。
上2枚はちょっと信じられないと思いますが・・・きらきらうえつ号3号車の一部です。
両端の運転席背後には、大きな窓を活かした展望ブースがあり、そこで車掌さん、関西から沿線のあつみ温泉へ遊びに来たという子供、(もちろん親御さんも)、車掌さんのお友達の方と酒田駅から終点の新潟までずっと話してました。
元々特急専用に作られた485系を、イベント用に秋田県の土崎工場にて車体載せ換え、通常の警笛に加えて*1ミュージックホーンの追加搭載等、徹底して改造されました。
*1:(ミュージックホーン=警笛を鳴らされた時のヒヤっとした感覚を軽減すべく、音楽を鳴らして警告する装置)
酒田駅を出ると、特急に匹敵する速さで羽越線を駆け抜けます。
前述したとおり、羽越線は日本海の海岸線に沿って走るので、乗車した上りのきらきらうえつからは、沈んでいく太陽を見ることがデキ
新潟から長駆秋田へ向かう485系3000番台「いなほ」
実はこの車輌も乗車中のきらきらうえつ用485-700系と同系列。
バリエーション豊かな所からか、485系Onryなテツもいるほどです。
思い出ノート。
これこそ旅の楽しみとやらです。
真ん中あたりにヘタウマなきらきらうえつのイラストと一緒に「思い出」書いておいたんで、
乗った際にはチェックしてみてください(笑)
列車は山形を抜け、新潟へ。
白新線の新発田駅(しばた)に到着です。
新潟までは約20分といったところ。
そして、東新潟駅を通過したあたりできらきら星remix(笑)が車内に鳴り響き、車掌Ⅲの放送が始まりました。
一気に飛びましたが、酒田出発から約2時間30分後、新潟に到着しました。
車内左側に立っていらっしゃる女性の方が、今回きらきらうえつの車掌を担当された方です。
お疲れ様でした。
帰りの夜行まではまだ3時間以上も開いているので、周辺の路線を乗り潰して時間を潰しました。
まずは磐越西線の普通で新津まで。
ディーゼルカーでした。
キハ110二ツ車(二ツ=所属の新津のこと。)
本当は新津より先、会津若松方面にも行けたのですが、敢えて新津で降車。
そのワケは・・・。オリジナルの485系も体感してみたかったので、ココから新潟まで快速「くびき野」で戻ります。
先ほどのきらきらうえつと違い、自由席もあるので追加料金なしで乗りました。
(下の車輌の写真は新潟にて撮影。)
新潟で立ち食いそばを食べ、再び磐越西線の馬下(まおろし)行きで終点の馬下へ。
中間に、なにやら懐かしそうな色の車が・・・・・・キハ52だ!!(笑)
模型なんかだとよく見るのですが、実車を見たのはこれが初めて。
しかし・・・設備は国鉄時代のままなので、冷房なんてものはなく、窓を開けざるを得なかったって感じです。
やっぱり米どころですね(笑)
馬下駅です。
簡素なつくりの無人駅だったので、とても不気味
夜になったらいっちゃダメ!(笑)
いきなり飛んで新潟駅、帰りのムーンライトえちごです。
さすがにもうこの顔は見飽きたとです(笑)
行きの新潟行きに比べたら乗車率は下りが圧倒的に高い気が・・・。
車掌さん曰く、「利用年齢層は、10代~20代の客が圧倒的に多い」とのこと。
いつまでも続いてもらいたいものです。
乗ってしまうと、しばらく眠れないのが夜行です。
新潟から、長時間停車(15分くらい)する長岡までは起きてました。
長岡駅です。
ん?臨時ダイヤ・・・そう、この時まさにあの新潟中越沖地震の復興作業真っ只中。
被害を受け、青海川駅あたりから寸断されてしまった信越線は、この後2ヶ月近くも臨時ダイヤ+代行バスでの運転が続いたのです。
そして明朝、越後湯沢での大返し劇や、酒田で乗るバスを間違えたりと色々あった応援旅行も、ムーンライトえちごの新宿駅到着をもって閉幕?しました。
今回の荒行を敢行するに当たって、青春18きっぷや「サンルート酒田」の手配をしてくれた両親を始め、休み前に声援を送ってくれた友達一同へいまさらながら感謝しています。
そして、とてもいい試合を展開してくれたH中学校剣道部女子チームのみんな(特に3年生)や、会場で元気付けてくれた友達。
ありがとうございました。
完
朝は地獄の4時起き

大和から相鉄で横浜まで。
ここで松江から夜行列車で帰ってきた父と合流。
いいなぁ、夜行。
父からカメラの電池パックを受け取り、一路上野へ。
ここから新幹線で行ってしまえば早い話なのですが、やりたいことがイッパイ!
てなわけで上野8時ちょうど発の「EL&SL奥利根号」で群馬県水上までコイツは上野から群馬の高崎までの牽引を電気機関車(以下EL)が、高崎から終点水上までは、いまや珍しきSLが牽引するというテツにはたまらない列車なのです・・・!
車内はいたって普通でした。
でも昔ながらの客車列車の雰囲気が漂ってイイ感じ♪
話を飛ばしまして、高崎でのお話。
高崎では、ELからSLへバトンタッチするとだけあって、大勢のテツが先頭へ。
もちろん自分もその一員。
しかしその人気振りといったらテツだけに及ばず。
大勢の家族連れも先頭へ。
上野からはこのEL(EF60 19)にお世話になってたのです。。
程なくしてSLがやってきました。
おなじみのデゴイチ(D51 498)ですね。
デゴイチが近づくにつれ、多くの人々がカメラを構えますそして連結完了!いざ水上!
奥利根とだけあって、渋沢からの車窓からの眺めは最高!
利根川に沿って走るので、流域の変化が楽しめて自然派の人にもオススメ。
そして高崎出発から2時間弱、上野からはざっと4時間。
終点の水上へ到着です。
ここではSLの方向転換が行われるので、またテツが走っていきます(笑)
ここで何枚か撮っちゃいました。
約1時間の乗り換え時間ののち、長岡行き115系3両編成の普通列車に乗り、越後湯沢へ。
普通列車に揺られること約40分、越後湯沢に到着しました!
この時点ですでに2時を過ぎていました・・・というわけで遅い昼ゴハンでも。
この越後湯沢に来たのは他でもなく昼ゴハンのためでした・・・。
こういった時間の無駄使い的な経路もまた、独り旅ならではの醍醐味です。
駅の売店へ行くと・・・ありました。
かにずしです。
コシヒカリ100%の酢飯の上にゼータクにもカニのほぐし身がちりばめられているという、なんとも豪華な駅弁デス・・・。 ¥1000円もしたんだぞ・・・!
昼を済まし、ここからゆっくりと撮影でも・・・と思っていた矢先!
バッグに穴が開いていたことに気づいてしまいました!
このまま山形へ行くわけにもいかず・・・時刻表とにらめっこし、やむなく新幹線を使って大和へいったん戻ることに(!)しました。
越後湯沢~熊谷間を新幹線「MAXとき」に、熊谷から横浜までは湘南新宿ラインにお世話になることにし、越後湯沢~熊谷の新幹線自由席券の料金(約¥2000)と運賃を泣く泣く払い、
一路熊谷へ。
このマヌケ面の新幹線(E4)の2階席にお世話になりました。
越後湯沢~熊谷間は約1時間の道のり。
ここからは在来線です。
っとここで全国大会出場の友達へ開会式の状況をメールで聞いてみることに。
どんな感じだったのだろうとメールの返信を心待ちにしていて返ってきたメールを見ると、「個人戦はもう終わった」とのこと!
これには心底落ち込みました・・・

落ち込みつつもやってきた湘南新宿ライン逗子行きへ乗り込む鉄之介。
仕方なく翌日の団体戦に期待しつつ、わずかながらの帰宅。
3時間後に心機一転、(バッグも)再び旅に出ました。
新宿駅へ向かいます。
今夜の宿は列車です。
「ムーンライトえちご」なる快速列車を待ちます。
程なくして、今夜の宿が到着。
懐かしい感じの車両です(485系)
これに乗っていれば翌日はもう新潟です。
まだ日も差していない午前4時51分に新潟の地を踏みました。
そして3分少々の乗り換え時間ののち、酒田へ向けて出発。
列車は白新線E127系4両の快速 村上行きです。
車内は普通の座席・・・いわゆるロングシートだったので、いまだに覚めない眠気に負け、つり革につかまりながらの居眠りという荒技(笑)を披露しました(爆)
約30分後、新発田(しばた)で羽越本線と合流。
ここからはのどかなローカル線の雰囲気です。
さすがは米どころ・・・一面に広がる水田、車内からの撮影です。
新発田出発から程なくして、乗換駅の
ここからは4両編成のキハ40というディーゼルカーで酒田へ。
この村上からは羽越本線もさらに田舎びた風景になります。
列車の本数が少ないからか、はたまた沿線の人口が少ないからなのか、ほとんどの駅は駅員のいない無人駅です。
駅舎(待合室)に特徴があるのは、無人駅ならではデス。
この今川駅とか・・・。
海岸線に沿って走るのがこの羽越本線の特徴。
なので日本海拝みまくり(笑)
佐渡島も見えました。
朝が早かったのと、対面式のボックスシートであったのが幸いして、1時間半の睡眠時間をゲット!
列車で寝るのはサイコーです(笑)
鶴岡あたりでやけに車内が混みはじめたのを感じてめざめました・・・が!目覚めてびっくり!車内はその日に行われる団体戦の選手たちが大勢!!しかもこっち見てなんか言ってるし・・・(泣)
こりゃもう・・・アレですわ、なんちゅーか・・・顔覚えられちゃったってヤツですよ。
会場着いたらなんか後ろ指差されてるような感じでしたが・・・これがあったからなんですね!タブン
そんなチョット気まずい雰囲気の中、なんとか!!なんとか!なんとか・・・酒田へ到着・・・無事に。
新潟からはおよそ4時間の道のりでした。
ここからバスで会場へ向かうわけですが、ま た も !アクシデントが発生・・・

なんと会場方面とはまったく反対の方角へ行くバスに乗ってしまったのです・・・(泣)
しかもそれに気づいたのは終点についてからで・・・。
泣く泣く酒田駅前までのバス運賃を払い、再び酒田に。
待つこと30分、会場方面へのバスが来ました。
会場方面とはいえ、出羽大橋前なるバス停で降りてから、出羽大橋(距離にして1キロは軽く歩かなくちゃいけない)を歩くわけで、全く会場方面とはいえませんが・・・。
そして40分後、やっと会場に到着・・・疲れた。
会場へ入って、友達に応援席の場所を確認し、終業式以来の再開を果たしました!
まぁそれからというもの、ケータイ奪われたり、タメ口でキッツ~ィ冗談(?)浴びせられたりと後輩たちにいいように遊ばれましたけどねっ!まぁこんなん慣れてるからいいのさ

肝心の団体戦ですが・・・>遊ばれてて見れませんでした

話を飛ばしまして二日目。
聞く話によると、うちの学校は決勝リーグへ進出したそうで。
最終日も見ていきました。
残念ながら決勝進出は逃してしまいましたが、最後の最後で全国大会進出・・・感動しました!(笑)
せっかくなので決勝戦まで見ていきました。
どこもいい剣道してました。
自分には絶対にマネできませんよ、マヂで(笑)
そして最終日。
前日に頑張ってくれた選手たちとも顔を合わせた後、会場を後にしました。
タクシーで酒田駅へ。
酒田駅では約5時間の列車待ち。
5時間の間にも、撮影したり、「JR全線踏破」の記録を更新したりと大忙し( ^^)
手前:キハ110陸羽東線
奥:485-700系カヌ車
*カヌ=485系の所属、上沼垂(かみぬったり)の略称(ギョーカイ用語)
手前:485系カヌT11編成
奥:485-700系カヌ車
EF81 502富山機関区
そして、余った時間をさらに有効活用、羽越線の秋田側、吹浦駅(ふくら)まで足を伸ばしてみました。行ったはいいのですが、吹浦折り返しの酒田行きの出発時間までたったの5分しかなかったので、↑を撮影しただけで終わり。
酒田へ戻るとそろそろ快速の出発時間。
程なくして、その快速列車が入線。
先ほどの485-700系です。
その名も「きらきらうえつ号」!
車内の写真。
上2枚はちょっと信じられないと思いますが・・・きらきらうえつ号3号車の一部です。
両端の運転席背後には、大きな窓を活かした展望ブースがあり、そこで車掌さん、関西から沿線のあつみ温泉へ遊びに来たという子供、(もちろん親御さんも)、車掌さんのお友達の方と酒田駅から終点の新潟までずっと話してました。
元々特急専用に作られた485系を、イベント用に秋田県の土崎工場にて車体載せ換え、通常の警笛に加えて*1ミュージックホーンの追加搭載等、徹底して改造されました。
*1:(ミュージックホーン=警笛を鳴らされた時のヒヤっとした感覚を軽減すべく、音楽を鳴らして警告する装置)
酒田駅を出ると、特急に匹敵する速さで羽越線を駆け抜けます。
前述したとおり、羽越線は日本海の海岸線に沿って走るので、乗車した上りのきらきらうえつからは、沈んでいく太陽を見ることがデキ
新潟から長駆秋田へ向かう485系3000番台「いなほ」
実はこの車輌も乗車中のきらきらうえつ用485-700系と同系列。
バリエーション豊かな所からか、485系Onryなテツもいるほどです。
思い出ノート。
これこそ旅の楽しみとやらです。
真ん中あたりにヘタウマなきらきらうえつのイラストと一緒に「思い出」書いておいたんで、
乗った際にはチェックしてみてください(笑)
列車は山形を抜け、新潟へ。
白新線の新発田駅(しばた)に到着です。
新潟までは約20分といったところ。
そして、東新潟駅を通過したあたりできらきら星remix(笑)が車内に鳴り響き、車掌Ⅲの放送が始まりました。
一気に飛びましたが、酒田出発から約2時間30分後、新潟に到着しました。
車内左側に立っていらっしゃる女性の方が、今回きらきらうえつの車掌を担当された方です。
お疲れ様でした。
帰りの夜行まではまだ3時間以上も開いているので、周辺の路線を乗り潰して時間を潰しました。
まずは磐越西線の普通で新津まで。
ディーゼルカーでした。
キハ110二ツ車(二ツ=所属の新津のこと。)
本当は新津より先、会津若松方面にも行けたのですが、敢えて新津で降車。
そのワケは・・・。オリジナルの485系も体感してみたかったので、ココから新潟まで快速「くびき野」で戻ります。
先ほどのきらきらうえつと違い、自由席もあるので追加料金なしで乗りました。
(下の車輌の写真は新潟にて撮影。)
新潟で立ち食いそばを食べ、再び磐越西線の馬下(まおろし)行きで終点の馬下へ。
中間に、なにやら懐かしそうな色の車が・・・・・・キハ52だ!!(笑)
模型なんかだとよく見るのですが、実車を見たのはこれが初めて。
しかし・・・設備は国鉄時代のままなので、冷房なんてものはなく、窓を開けざるを得なかったって感じです。
やっぱり米どころですね(笑)
馬下駅です。
簡素なつくりの無人駅だったので、とても不気味

夜になったらいっちゃダメ!(笑)
いきなり飛んで新潟駅、帰りのムーンライトえちごです。
さすがにもうこの顔は見飽きたとです(笑)
行きの新潟行きに比べたら乗車率は下りが圧倒的に高い気が・・・。
車掌さん曰く、「利用年齢層は、10代~20代の客が圧倒的に多い」とのこと。
いつまでも続いてもらいたいものです。
乗ってしまうと、しばらく眠れないのが夜行です。
新潟から、長時間停車(15分くらい)する長岡までは起きてました。
長岡駅です。
ん?臨時ダイヤ・・・そう、この時まさにあの新潟中越沖地震の復興作業真っ只中。
被害を受け、青海川駅あたりから寸断されてしまった信越線は、この後2ヶ月近くも臨時ダイヤ+代行バスでの運転が続いたのです。
そして明朝、越後湯沢での大返し劇や、酒田で乗るバスを間違えたりと色々あった応援旅行も、ムーンライトえちごの新宿駅到着をもって閉幕?しました。
今回の荒行を敢行するに当たって、青春18きっぷや「サンルート酒田」の手配をしてくれた両親を始め、休み前に声援を送ってくれた友達一同へいまさらながら感謝しています。
そして、とてもいい試合を展開してくれたH中学校剣道部女子チームのみんな(特に3年生)や、会場で元気付けてくれた友達。
ありがとうございました。
完
この記事へのコメント
悔しかったけどぃぃ思い出だた!!
応援ぁりがと\(^_^)/
いったん帰ってきた時に即ゴミ箱ポイしちゃいましたとさ♪
そのうちそれらについても別記事で特集組む予定でいます。